東京地方裁判所 平成4年(ワ)12127号 判決 1993年4月26日
原告
有限会社マルモハウジング
右代表者代表取締役
永野清
右訴訟代理人弁護士
伊丹経治
被告
朝日建物株式会社
右代表者代表取締役
長田高明
右訴訟代理人弁護士
宮川光治
同
古谷和久
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金三一〇〇万円及びこれに対する平成四年七月三〇日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一当事者間に争いがない事実
1 原告は不動産売買及び不動産取引の仲介を業とする会社であり、被告は建物の建築、売買等を業とする会社である。
2 被告は東京都豊島区<番地略>の都営地下鉄西巣鴨駅徒歩一分の交通至便なところに鉄筋コンクリート造地下一階、地上一三階建の共同住宅(総戸数一四二戸、内店舗二七店、住戸一一六戸)の「メトロエステート西巣鴨」(以下「本件建物」という。)を建築し、交通至便とグレードの高さ等を売り物にして売り出した。
3 原告は、本件建物の新築工事が途上にあった平成二年六月五日、被告から本件建物の一部である別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物部分」という。)代金九三一三万円(物件価格九一八〇万円、消費税額一三三万円)で買い受け(以下「本件契約」という。)、本件建物が完成した平成三年五月一五日、本件建物部分の引渡及び所有権移転の登記手続を受けて所有権を取得した。
二本訴は、原告が平成五年二月一八日になって本件建物部分を売却した際、被告が後記三1ないし4の義務に違反して本件建物の一部を値下げ販売したために、取得価格を著しく下回る五九八〇万円で売却しなければならなくなったとして、その差額のうち、三一〇〇万円を被告の債務不履行を理由として請求するものである。
三原告が被告が本件建物を値下販売しない債務を負う事由として主張する事実は、次のとおりである。
1 被告の担当者は、本件建物部分の売買契約締結の際、原告に対し、口頭で被告が後日、本件建物部分と同種、同等の物件を原告に対する売買価格以下に値下げして売買することは絶対にないと約した。
2 (黙示の合意)
原告ら転売を目的とする買主としては、被告から予め配付を受けた本件建物についての価格表に基づき、他の売出物件の価格と対比して買受物件の資産評価をし、本件建物内の他の売出物件の売行き具合により買受物件の転売の難易を推測し、売買契約を締結するところ、被告の担当者は、右のような事情を知ったうえで、原告に対し、「一旦、契約が成立した本件建物がキャンセルになった。このマンションは大変好評で売出と同時に完売になったほどで、本件物件も売買価格に二割程度の利益を上乗せしても直ぐに転売できることに間違いない有利な物件だ。買っておいたらどうか。」等と勧誘したのであるから、原告と被告との間においては、本件契約締結に際し、少なくとも本件建物の他の物件を価格表記載の価格を値引きして売り出すことをしない旨の黙示の合意が成立し、万一、被告において値引販売となる場合には原告に対し、同一の値引率の値引きをなし、相応の金員を支払うとの黙示の合意が成立したというべきである。
3 (慣習)
本件契約当時における大手マンション業者の新築マンションの一斉売出のキャンセル物件や売残り物件の販売価格の設定の実態については、値引きをしない業者として、三井不動産、ミサワホーム、大京、リクルート、長谷川工務店、セキスイハウス等があり、業界の大勢を占めており、また、値引きはしても当初の売出価格による買主に対しては、値引販売による損失を補償する業者として、藤和不動産、ダイヤ建設があった。こうした実態によると、マンション業界においては、新築マンションを一斉に売り出し、売出価格による販売ができない物件が出たり、一旦売買契約が成立したのち解約された物件が出た場合、これらの物件を再売出する業者は、値引販売しないのを原則とし、止むなく値引販売する場合にも、値引分について当初価格による買主に対して損失を補償するのが慣習化しているというべきである。
4 (信義則)
分譲業者が売れ残った同一建物内の同種、同等の他の物件があるからといって、これを妄りに値引販売すれば、値引なしの価格で取引を終えた同種、同等の物件の取引価格が値引価格に引き下がり、値引なしの買受人が所有資産の価値をそれだけ引き下げられて損害を被るから、分譲業者は、同一建物内の同種、同等の物件については妄りに値引販売をしない信義則上の義務を負担しており、万一、これを値引販売する場合にも、値引分について当初価格による買主に対して損失を補償する信義則上の義務がある。
四被告は、原告の三記載の各主張を争う。
第三争点
一第二・三記載の事実の存否ないし法的主張の当否
二一が積極に解された場合、原告の損害額
第四争点に対する判断
一第二・三1記載の合意の存否について
右事実については、これを認める足りる証拠はない(なお、この点について付言すれば、被告の担当者である証人中島堅司は、明確にそうした合意の存在を否定する証言をするうえ、原告代表者自身ですら、その本人尋問の結果において「契約のときに、売れ残った物件についてどのように処理するかという話や、価格が下がったときの話はしませんでした。」と供述している。)
二第二・三2記載の黙示の合意について
原告が不動産売買及び不動産取引の仲介を業とする会社であることは当事者間に争いがなく、右事実に、原告代表者本人尋問の結果も併せ考えれば、原告が本件契約を締結するに当たり、原告が主張するように、「被告から予め配付を受けた本件建物についての価格表に基づき、他の売出物件の価格と対比して買受物件の資産評価をし、本件建物内の他の売出物件の売行き具合により買受物件の転売の難易を推測し、売買契約を締結する」ことは十分推認できる。
しかしながら、右のような事情があり、仮に被告の担当者である中島堅司が原告に対し、原告が主張するように「一旦、契約が成立した本件物件がキャンセルになった。このマンションは大変好評で売出と同時に完売になったほどで、本件物件も売買価格に二割程度の利益を上乗せしても直ぐに転売できることに間違いない有利な物件だ。買っておいたらどうか。」等と勧誘したとしても(右勧誘文言については証人中島堅司は否定している。)、証人中島堅司の証言及び原告代表者本人尋問の結果によれば、本件契約を締結したころは、いわゆるバブル経済の時期に当たり、マンションを含め不動産の価格が急騰していた時期であり、本件契約の締結時点では本件建物の価格が値下がりするようなことは予想できない時期であったと認められ、こうした事実に照らして考えると、原告主張のような事実から原告主張のような黙示の合意の成立を認めることは到底できないというべきであり、他に原告主張のような黙示の合意の成立を認めるに足りる証拠はない。
よって、第二・三2記載の黙示の合意の主張も理由がない。
三第二・三3記載の慣習について
1 原告代表者は、その本人尋問において、「原告会社が売れ残り物件についても値引きはすべきでなく、損害を填補しろと請求している根拠は、マンション業界の慣例として値下げして売るということは考えられず、値下げしないということは業者同志の暗黙の信頼関係であり、具体的な話がなくても、中島も分かっていたはずだからです。」と供述していることからして、原告が本訴請求の主たる根拠とするのは、第二・三3記載の慣習にあると窺われる。
2 この点について、原告代表者は本人尋問の結果において、「マンション業者が、売れ残った物件を、既に購入した買主を無関係に、減額して販売するということは多くはありません。平成三年から四年にかけてのころで、私の知っている限りで値引きしない会社は、三井不動産、長谷工コーポレーション、リクルート、ミサワホーム、セキスイハウス、大京などです。大京はその後二〇パーセント引きの売出しをしたようです。」、「値引きをするとしても、それ以前の取得者との関係を調整するために、説明会を開き、売主がそれ以前の取得者に何らかの金を払って補填する会社はあります。私が知っているのは、ダイヤ建設と藤和不動産です。」、「私が知っている事例としては、ダイヤ建設が、平成四年の始め頃、江ノ島のマンションで填補をしています。また同じくダイヤ建設が、平成四年三月か四月ころ、逗子のマンションで同様にしています。そのことはダイヤ建設の社員に確認しています。その他に、藤和不動産で値引きしたということを社員に確認していますが、具体的なことは記憶にありません。」、「藤和不動産のことは朝日新聞の記者から聞いて知りました。その記者の話では裏付けはとってあるということです。私が実際に確認しているわけではありません。」等と供述している。
3 しかしながら、被告の本件建物の販売担当者であった証人中島堅司は、原告代表者の供述するような慣習の存在を否定する証言をしているし、原告代表者本人尋問の結果は具体的でなく、また、その裏付けを欠くものであり、また、その内容に伝聞供述を含むもので直ちに採用するとはできない。そもそも物件の価格というものは、需要と供給の関係から決定されるものでるところ、先に認定したとおり、原告と被告とが本件契約を締結したころは、いわゆるバブル経済の時期に当たり、マンションを含め不動産の価格が急騰していた時期であり、本件契約の締結時点では本件建物の価格が値下がりするようなことは予想できない時期であったから、原告代表者が供述するように、多くのマンション業者が仮にマンションの価格を値下げしなかったとしても、それはその時期を厳格に判断しないといけないのであって(現に、原告代表者自身、「大京はその後二〇パーセント引きの売出しをしたようです。」と供述している。)、こうしたことを考えると、原告代表者本人尋問の結果から原告のいうような慣習の存在を認定することは到底許されないというほかなく、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。
四第二・三4記載の信義則について
原告は、分譲業者が売れ残った同一建物内の同種、同等の他の物件を値下げして販売した場合に値引なしに購入した買受人が所有資産の価値を下げられて損失を被ると主張し、これを基礎として分譲業者には値引販売をしない信義則上の義務があると主張するが、先にも判示したとおり、物件の価格というものは、需要と供給の関係から決定されるものであるから、物件が売れ残るという需要の減少に伴い、価格を低下せしめてこれを販売することは、分譲業者の当然の行動で、分譲業者である被告から本件建物部分を先行して購入していた原告としても、本件建物の他の部分が売れ残るという事態になれば、被告がその価格を下げることは当然に予測できたというべきでものであって、被告に原告の主張するような信義則上の義務があるとは到底いえない。原告の本件建物部分の購入後にその価格が下がったとしても、以上判示したことから明らかなように、それは不動産市況の変化によるものであり、それにより不動産売買及び不動産取引の仲介を業とする会社である原告が損失を被ったとしても、それは原告代表者自身認めるとおり、不動産業者としての原告が不動産市況に対して見込み違いをしたにすぎず、その損失を他に転嫁することはできない筋合いのものと評価せざるをえない。
五なお、原告代理人は、争点として第五回口頭弁論期日(弁論終結の期日)に確認した争点以外に、同日陳述された準備書面のなかで、損害賠償請求を求める根拠として平成四年六月五日までに被告が本件建物の他の部分を値下げして販売していたにもかかわらず、原告に対してはこれを否定する発言をしたため、原告は本件建物部分を七四五〇万円で販売する機会を失ったと主張するので、この点について付言するに、本件全証拠によるも、平成四年六月五日までに被告が本件建物の他の部分を値下げして販売していた事実は認められず、かえって証人中島堅司の証言によれば、被告としては同年七月か八月までは従前の価格で本件建物の他の部分を販売しようとしていたことが認められるから、この点についての原告の主張も理由がない。結局、この点も、被告が指摘するように不動産売買及び不動産取引の仲介を業とする会社である原告が本件建物部分の売買価格の設定とそのタイミングについての判断を誤ったものに過ぎないというほかない。
第五結論
以上の次第であるから、原告の本訴請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官深見敏正)
別紙物件目録
一棟の建築の表示
所在 東京都豊島区西巣鴨三丁目四六〇番地三・四六〇番地八・四六〇番地九・四六〇番地壱〇
建物の番号 メトロエステート西巣鴨
構造 鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根地価壱階付壱参階建
床面積
壱階 壱弐〇五m2七壱
弐階 壱弐〇六m2六六
参階 六七四m2六壱
四階 七七七m2七四
五階 七七六m2七四
六階 八〇六m2〇九
七階 七七九m2八九
八階 七七九m2八九
九階 七七九m2八九
壱〇階 七参〇m2四弐
壱壱階 七参参m2〇参
壱弐階 六六八m2四壱
壱参階 六壱九m2七〇
地価壱階 八七弐m2九弐
敷地権の目的たる土地の土地の表示
1 豊島区西巣鴨三丁目四六〇番地参・宅地・壱四参七m2五七
2 右同所同番地七・宅地・四四m2弐七
3 右同所同番地八・宅地・五四m2六六
4 右同所同番地九・宅地・弐五m2六四
5 右同所同番地壱〇・宅地・壱七m2五四
占有部分の建物の表示
家屋番号 西巣鴨三丁目四六〇番参の四〇八
種類 居宅
構造 鉄筋鉄骨コンクリート造壱階建
床面積 四階部分 五壱m2八四